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思考訓練とし「取材の可視化」を考えてみる [ニュースコメント]

取り調べの可視化論議がメディアで活発だ。国民への①「司法権力」によるねつ造や人権を無視した②「取り調べ」を防ぐためだが、ここで①を司法権力からマスコミ権力に②を取り調べから取材に代えてみるとどうか。
すると国民へのマスコミ権力によるねつ造や人権を無視した取材を防ぐ となる。ねつ造や人権無視は司法よりもむしろマスコミのほうが日常茶飯事ではないのか。たとえばメディアの取材は取材される側も同様に映像や音声にとり、それを編集取材してブログなどに発表できる権利を認めればねつ造や人権無視をかなりの割合で少なくできるのではないだろうか。取材は国家権力による取り調べとはは根本的に違うし、国家権力をチェックする機能が弱くなると言う声が必ずだろう。しかし今は自分の思ったことを誰もがブログで発表でき、マスコミとミニコミ、パーソナル
communicationの垣根が溶解している。すでに取材を受ける側もどんどんツイッターで発表している時代だ。議論するまでもなく実態は進んでいる。
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