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菅直人氏の権力への執着の謎 [ニュースコメント]

 与野党に“菅降ろし”の動きが高まりをみせている。しかし菅直人氏は依然と権力に対する強い執着を持ち続ける。最近の総理の中では異例だ。与野党の菅降ろしの理由は「総理のリーダーシップ」である。総理の資質そのものを否定されているのだ。それでもなおやめない。なぜなのだろうか。筆者が考える理由のひとつに自分の能力の評価と他人の自分への評価の齟齬」がある。菅氏の場合、他人が自分に与える能力の評価より、自分の考える自分の能力への評価が高すぎるのではないか。だから内閣支持率の低さを,自分の政権担当能力そのものの低さではなく、発信力の低さのせいと考える。原発事故直後、事故対策に奔走している現場を上空から視察している映像を撮影させたり(動画とスチール)、まるで天皇陛下のように被災地の体育館に赴き、被災者と対話しているシーンを撮影させたりする。彼のこうした行動に「総理として指導力と責任を果たしているとのメッセージをいかに強く訴えることができるか」という意図が見えてくる。もうひとつの理由をあげるとすれば、これまでの人生に大きな組織に属したことがないことか。青年期に市民運動家となり、さらに弱小政党に属し、政治活動を行ってきた。そうした環境には彼自身の政治的能力に対し客観的な評価を与える存在が身近にいなかったのではないか。
  能力の評価二対する自他の齟齬、そして身近に客観的な評価を与える存在がいない。こうした特徴を持つ権力者は往々にして独裁者となり、長期政権を志向する。中東のカダフィ、極東の金正日である。
 まあ他国の独裁者をあげるまでもなく、組織の中で長期政権を求めるものにはこうした特徴は誰しもあるだろう。しかし国家の運命を左右するこの時期にこうした宰相をこの国が仰いでいるのは不幸である。「氾濫している川を馬で渡ろうとしているときその馬が駄馬だったら、その駄馬を代えるしかない」といったのは某誌の元編集長。駄馬には困ったものである。
 追記:独裁者が長期政権を続ける理由にその地位を失うことで粛清される恐怖がある。
 
 

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