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鉢呂経産相辞任~大臣と記者の関係性が変わったのでは?~ [ニュースコメント]

鉢呂吉雄経産相が不適切発言で辞任した。北海道新十津川町出身。1889年に奈良県十津川村が大水害にあったとき村を出た人々が開拓した町だ。被災し、住む村を離れるという、まさに福島の被災者達と同じ痛みを祖先に持つのが鉢呂吉雄氏なのだ。祖先の出身地奈良県十津川村が112年ぶりの大水害を被ったこの時期に、その村の子孫がスタートした野田内閣を早々に躓かせた。件の鉢呂氏。昨夜行われた辞任記者会見は長時間に渡って応答し、その印象からすると人柄は良さそうに思えた。国体畑が長いそうであるから党内ではコミュニケーション能力の高さを買われていると思われる。失言失態は2つあったという。1つは原発周辺の街を「死の街」と評して発言したこと。もう1つは帰京の際に取材記者に「放射能をうつしてやる」とおどけた言動を示したこと。この2つがなぜ辞任に至ることになるのか、鉢呂氏は当初理解していなかったように思える。社会党に在籍していた鉢呂氏。反核運動に関してはある程度の理解を持っていたはずである。「死の街」もおそらく発言した際は「文学的な表現」くらいしか思っていなかったのではないか。そして「放射能をうつしてやる」の言動は既知の記者を取材陣の中でみつけて親しげにおどけてみせた、そんなところだろう。一国会議員から官邸に入り大臣になったとき、dungeonが変わる。そのことに気がつかなかった。おどけてみせた記者は政治部でつきあいがあったのだろう。しかし経産省は政治部出身の記者だけではなく経済部出身がおり、その場には知らない記者もいただろう。組閣後10日も立たない時期にそんな言動を行えば結果は明らか。狭い閉ざされた世界でなあなあでやってきて、人なつっこさと至近距離でのコミュニケーション能力の高さを、過信した結果かもしれない。一国会議員と大臣の立場の違いを理解していない閣僚はまだいると思う。民主党政権の認識の甘さから来る負の連鎖はまだ続くだろう。


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