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物語の欠如2012/09/13 [政治]

 昨日に引き続き「日本の物語の欠如」について考える。ありがちなことだが物語を創出することで日本のこれからが解決すると思われても困る。ただ物語を創出する力がこれまでになく衰えているのは確かだ。その理由はいくつかあるだろう。ひとつは日本には今モデルになる先行ビジョンがないということだ。イギリスやドイツを挙げる御仁もいるかもしれない。イギリスは収入の、」産業のポートフォリオを作ることによって産業の構造変化に対応してきた。ドイツは統一ユーロという「マルク高ガード」を作りあげることにより、円高のようなもの作り産業の生き血を吸われるような通貨安戦争に陥ることを防いだ。アメリカはエネルギー革命を起こし、資源国となり、さらにそのメリットでメード・イン・アメリカの復興を目指している。北欧は人口スケールが日本とは異なる。どれも日本がすんなりベンチマーキングするとはいえないものがある。しいてあげるとそれは筆者はイギリスを挙げるのだが、イギリスは政党政治がしっかりしているのに比べ日本は今どん底である。こういう意見もある。「物語は自分たちの歴史の中にある。それを再発見せよ」と。確かにそうだと思う。事実この国はこの20年、自分たちの慰めと勇気付けも含めて「日本はすばらしい」の合唱を繰り返し、プロジェクトXのような先人の物語をさかんに推奨した。しかしその結果グローバリズムに対応できず、根本的なchangeができない国と揶揄されるようになった。明治以降に日本の参考にすべき物語はひょっとするとないのかもしれない。物語の創出は、ある意味「開国神話」からの脱却がキーポイントかも知れない。今はそこまでしか感じ取れない。あくまで筆者の直観であり、異論をもたれる方も多いかも知れない。
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