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父と子 三國連太郎と佐藤浩市 2013年4月16日 [随想]

 三國連太郎の訃報。息子佐藤浩市の記者会見。以前筆者は市川猿翁と中車の親子の相克とそれをつなぐ芸について考えを述べた。そのもうひとつの形が三国親子にもある。戦前から戦後にかけて破天荒な人生を経て三国は役者となる。その怪優ぶりはエピソードに事欠かない。一方で家庭であっては四度結婚し、佐藤は二番目の妻との子である。太地喜和子との関係もよく知られている。佐藤は昨日の記者会見で三国との親子の会話はなかったと話し、役者として三國連太郎として人生を貫いたと父親を語った。父と子としての会話がなかったというのはおそらく言い過ぎだとは思うが基本的スタンスはそうだったのだろう。その相克をそのまま映画にしたのが「美味しんぼ」であり、役柄を演じたのが海原雄山と山岡士郎である。だがその役を演じながら二人は「役者」こそが自分たちをつなげるただひとつのコミュニケーションだと気づいたに違いない。親子の溝を役者という彼らが求めた道が少しづつ埋めていった。ここのところは市川猿翁 と市川中車との関係にも似ている。ただ佐藤浩市と市川中車こと香川照之との違いは香川が積極的に親子の溝を埋めていったことである。猿翁は自ら動かなかった。三國連太郎は当時には珍しい181センチの長身。佐藤も182センチ。50歳を過ぎた佐藤は最近富に父親の風貌に似てきた。佐藤自信も離婚を経験しており、前妻との間に設けた子はかつての佐藤がそうであったような思いを受けているかもしれないし、佐藤も三国の立場を経験したことになる・その辺りから佐藤は変わったのではないか。だからこそ「美味しんぼ」のキャストを受け入れたのだろう。三国と佐藤は以前受けたインタビューで三国は息子に見つめられると視線を外すと語り、佐藤は父は見つめると視線を転がすと語った。佐藤は前妻の子どもからどのように見つめられたのだろうか。役者は直観に支配される仕事であり、役になるとは想像を働かせる職業である。役者佐藤は前妻の子から見つめられることにより、かつての自分をそこに見、かつての父親を自分に見た。佐藤はその瞬間、自分とそして父親をアウフヘーベンした。佐藤の人間性に深い皺が刻まれた。憎み、そして父を自分の中に佐藤浩市。父親なきこれからを役者としてどう生きていくのか。父親の年齢になるまで38年ある。

 


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