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「田中の家」父にあるもの娘にないもの2012年11月7日 [政治]

 三大学の認可を巡って政府が揺れている。その震源地は言うまでもなく田中真紀子文科大臣だ。不認可の批判が高まる中、昨日の会見で田中文科相は不認可撤回とも取れるような発言を行い、混乱は続いている。大方のメディアはこう見る。「方向性はいいが、手法は間違っている」と。少子化が進む中、いかに進学率が上がろうと大学の数は限界。これからは数を減らすか統合する方向に舵を切らねば、高等教育の水準と学校への補助金を送るシステムの維持は難しい。だが今回の不認可はあまりに唐突であり、開設の準備を行ってきた学校経営、雇用契約を結んだ教員、そしてこの春の入学を目指して準備してきた学生は路頭に迷うばかりだ。社会問題になったこの問題、細野前原発問題担当大臣のように田中文科相は学校経営、教員、そして学生の前で自ら不認可の理由を説明しなければならない。三大学の経営者たちは自民党の部会に参加し不認可撤回に協力を呼びかけた。自民にとっては恰好の野田政権への攻撃の口実を得た。田中氏は大学認可の新基準を作り、三大学もこれにより再審査をすると言ってるが拙速に進める問題だろうか。そもそもこの問題が政局案件になった今(なるべき問題ではない)は議論が前に進まないのではないだろうか。正味の話、「近いうち解散」を議場でやってるの今、議論の参加者が果たしてどこまでモチベーションが持てるのだろうか。
 今回もまた省の運営にあやうさを見せた田中氏。父親田中角栄氏と比べて何が違うのだろうか。政治家の大事なprediction(予測)と調整力(adjustment)だろう。今回田中氏は認可権を行使することで省内のヘゲモニーを握れると計算したふしがある。しかし結果は逆に振れ、省内はおろか、野田政権の火種となり、「政治家としての素質を疑う」と批判されるまでになった。こうした行動の結果を予測できる力、さらには各所の意見を調整して事態を前に進める能力が父親にはあったが娘には決定的に不足している。娘は父の政治家としての一面しかみることができなかった、そしてその能力も継承することができなかったのである。岡崎の大学の学長は「今月25日には新大学の入試を予定していた。問題の大きさを理解して欲しい」と訴えた。こんなことを文科大臣がいわれるようじゃおしまいなのである。
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